075_逆行
人生!その微妙な事差の連鎖


 「時は前進する」("Time is it forward")
 
時間は一方的かつ不可逆的に過去から未来に向かって進む、というのはおそらく私たちが住むこの宇宙の普遍的な真理であろう。
 このため絶対的過去に移動できるタイムマシンは存在しない、と私は考えている。(私流の物理学的表現を使うのであれば、「過去への逆行は空間の情報爆縮を起こす」となる。)

 人生においても同様で、過ぎてしまえば一通りの人生しかなかった、ということになっている。
 しかし、誰でも人生の途中でもしあの時少し何かが変わっていればその後の人生が大きく変わっていたかもしれない、と思う事があるのではないだろうか。このような事は結果論で、実際には過去の選択不可の無数の積み重ねの結果としての現在であり、過去を変えることはできないしできなかったことなのであろうが。

 「しかしながら」と申し上げたい。私は今年、微妙かつ貴重な体験をした。
 ひとつひとつの些末とも思えるできごとが微妙に変化し、その微妙なできごとが相互に時空間リンクしながら少し先の未来が確実に変わっていく様子が目に見える形で経験できた。

 時系列のある一断面でのできごとが微妙な違いとなって現れてくる、このことが少し先の未来から振り返って見た時に本来の時間の慣性で起こるべくして起こった事と少し違っていたのではないかと思えるのであれば、私はそれを「事差」と表現してみたい。
 一瞬一瞬の事差の積み重ねが結果を変えたとした場合、それがもし命に関わる事であれば人生にとって非常に大きな宿命の変更であり修正であった事になる。
 私は今年、人生で初めてこのような事差の連鎖を経験した。実際にどのような事を目に見える形で体験したのか、以下紹介させていただく(なお、丸付きの数字以下は時差が発生したと思えることを述べている)。

 昨年の12月に2ヶ月毎に通っている地元の内科医(T医院)に診察を受けに行った。この1年程前に受診した人間ドックでグルコース(血糖)とヘモグロビン(HbA1c)が基準値より高くなっており糖尿病と診断されていたことより、T医院では毎回採血検査を行いこの二つのマーカーのチェックを行っていた。この12月の診察後、T先生よりはそろそろ糖尿病の治療を始めなければならないかどうかを判断する必要があり、

 *①「次は2ヶ月後ではなく1ヶ月後に来るように。」との指示があった。

 この指示に従い、翌月の今年1月22日にT医院を訪れた。この時も診察後に採血を行ったが、翌日わかったことであるが、この日T先生よりは、

 *②糖尿病だけではなく肝臓のマーカーも検査に含めるように採血の看護師に指示が出されていた。

 これは年末からこの通院の日までの間に、体重が約3kg減少していること、尿の色が濃くなっていること、血圧の上昇など気がついた症状をT先生に報告していたことから判断されたようである。
 翌23日朝一番でT医院から電話があり、肝臓異状が見つかったのですぐ来るように、とのことであった。急ぎT医院に出向くと先生よりは「昨日の血液検査の結果、肝臓のマーカーが基準値の数十倍の異常値を示しており緊急に精密検査が必要である」と告げられた。AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTがそれぞれ基準値の10倍から30倍の測定値となっていた。
 このため緊急に精密検査が必要であると判断され、検査ができる総合病院の紹介状を手配してくれた。私は循環器内科で定期診察を受けているTM総合医療センターで検査を受けたいとお願いし、T先生が直接TM総合のER(救急)に連絡を取り検査受入の受諾を取り付けていただいた。ただし、TM総合ERよりは、

 *③「常に病室は満室の状態であり、検査は受け入れるが入院は別の病院になるかもしれないということを了解の上来られたし。」とのことであった。

 早速一旦家に戻り入院の支度をしてTM総合に向かった。
 TM総合ERでは消化器内科の当直医の判断により検体検査、超音波検査、心電図検査、胸部X線、CTなどの検査が矢継ぎ早に行われた。その結果、胆管の詰まりと
膵臓鈎部の腫瘍の可能性が見つかり、直ちに胃内視鏡により胆管にカテーテル(チューブ)を挿入し胆汁が外部排出できるように応急処置され、膵臓の腫瘍組織サンプル採取が行われた。閉塞性黄疸と診断された。
 入院に関しては、

 *④閉塞性黄疸の治療のため急遽病室(消化器内科病棟)が確保され、M総合消化器内科病棟に入院できた。

 まずは一週間の入院が決定されたが、これは胆汁の継続回収とともに、

 *⑤膵頭(膵臓の膵管出口付近)に腫瘍が同時に発見されたため、この検査に一週間かかるために一週間の入院が決まったものであった。

 胆管は途中で膵臓からの膵管と合流して十二指腸につながっており、胆管と膵頭は場所が近いために、CTや超音波検査で胆管閉塞が見つかると同時に膵頭の腫瘍影が発見できたことになる。
 入院後、肝臓の異状は速やかに正常値に戻ったが、

 *⑥膵頭の腫瘍は早期の膵臓腺ガンとの診断所見がなされた。

 膵臓ガンは膵臓が背中側にある内臓であることもあり、特異の症状が現れないため、また精度の高い検体マーカーがないため(なかったため)早期発見が非常に難しいと言われているガンであり、ガンが拡大すると切除が難しく薬物か放射線による進行拡大を抑える治療しかできない場合が多い性悪なガンとされている。
 肝臓の異常が早期発見できたことに起因して、膵臓ガンが比較的早い時期 (Stage III)に発見できたことにより、

 *⑦膵臓ガンの切除手術(外科手術)が選択可能である、との診断であり、外科手術をお願いした。

 同時に消化器内科から消化器外科への引き継ぎがなされ、膵臓ガンの手術をどのように行うかについて外科内部で検討がなされた。手術日程が立て込んでいるため一度退院して改めて手術の予定を組み実施することが検討されたようであるが、その場合ガンの進行により状況が変わってしまうことが懸念され、

 *⑧退院せずに手術を行うことになった。

 手術は2月9日に予定を組入れて行われることとなり、病室も消化器外科病棟に移った。
 しかしながら、手術は6から7時間かかると予想されその間体力が持つかどうか、また糖尿病との関係で手術そのものができるかどうか、の最終判断がなされることが手術実施の条件として残された。眼底出血の有無、呼吸器機能検査、血糖値調整、など一連の事前検査がなされた。
 私は10年程前に心筋梗塞を起こしており、その後も継続検査と診察を受けていたこともあり、手術直前となる4日前に急遽、循環器内科による心臓のカテーテル検査を実施することなった。この検査により、冠動脈から別れた肢動脈のひとつに異状が発見された。冠動脈から数センチのところで血管が塞がっており血液が流れない状態になっていた。ところが、この閉塞部分の先には血液が来ているという奇妙な状態になっていた。これは、

 *⑨この血管の先端の細血管が別の動脈の先端の細血管とつながっており大回りで迂回した形で血液が供給されている状態になっていた。

 このため閉塞部にステント(血流を通すための管状バネ)を挿入するリスクを冒さず、この状態で良しとしてそのまま放置することとし、結果として、循環器内科として膵臓手術を実施しても大丈夫であろうとの判断が下った。
 2月9日、消化器外科肝胆膵外科チームにより、朝から手術が開始された。夕方までの10時間にわたる長時間の手術となったが無事体力も保持でき、

 *⑩「膵頭十二指腸切除術」は成功した。

 手術は止血作業も丁寧に行われ、輸血無しでの完璧とも言える手術であった。
 膵頭部切除だけではなく、周辺のリンパ節、神経細胞、更には胆管、胆のう、十二指腸、空腸(十二指腸と小腸のつなぎ部分)の半分も同時に切除し、小腸を肝臓に直結し、その途中を胃につなぎ、膵臓は胃に直接つなぐ、という高度な技術を要する手術であった。
 合併症としては、術後に膵臓と胃の吻合部に縫合不全(膵液漏)が認められたが、結果としては腹腔内の膵液残留が広がることなく正常化した。
 切除した臓器は顕微鏡検査にかけられ後日その結果が知らされた。切除したリンパ節39か所の内、一か所からガンの転移が見つかった。

 *⑪まさに膵臓からのガン転移の第一歩が始まった段階で手術がなされた事になる。

 後日有名医師に人脈のある知人から知らされたことであるが、TM総合の肝胆膵外科チームは年間100件近い手術をこなしている都内では非常に高い評価を受けている優秀なチームであった。結果として、

 *⑫最高の外科チームによる手術を受けることができた。

 なお蛇足となるが、緊急入院の2日前に生命保険の条件変更を伴う契約手続が完了しており、この変更により、

 *⑬入院費用の自己負担分は全額保険より支払われた、

ことを付記しておきたい。

 本抄は退院後8ヶ月経過して作成しており「完璧に近い手術と治療が受けられた」と確信して報告とする次第である。
 この場を借りて、手術をしていただいた外科チームの先生方をはじめ、消化器内科、循環器内科、内分泌内科、眼科、呼吸器内科、などのTM総合の先生方、そして早期発見のきっかけを作っていただいたT医院のT先生、に衷心よりの感謝を申し上げたい。

[参考文献など]
 KOzのエッセイ#004「時間の逆行について」