059L_代表的日本人059R_武士道
日本人の名前を英語では?


 ほとんどの日本人は、国内であろうと海外であろうと、英語で自分の名前を紹介するときに、名ー姓の順番で話す。それがルールであり常識であると、芥爾も疑っていない。

 しかし、日本人の公式IDである旅券(パスポート)には、姓(Surname)ー名(Given name)の順番で名前が表記されている。日本のパスポートは決してローマ字表記ではない。その証拠に生年月日などの日付は例えば、31 MAY 2014 のように英語であり、2014-NEN 5-GATSU 31-NICHI とは表記されていない。日本国の隣にはJAPANと書かれ、旅券の下にはPASSPORTと表示されている。まちがいなく日本人のパスポートは国際標準語ともなっている英語表記であり外国で理解される表示法であり、そのパスポートの姓名が、姓ー名の順となっている。
 これは、日本の対外的な正式な姓名表記は、姓ー名順であることを日本国政府が表明していることに他ならない。
 であるならば、外国で英語で自分の名前を言う際、正式には姓ー名順で言うべきではないのか、という疑問が多少はあってもよいのではないか。

 パスポートはひとつの特殊な例なのかもしれないが、いずれにせよ、英語で日本人の名前を書いたり話したりする場合、名ー姓順が絶対的に正しいと言えるルールでもないし常識でもない、ということの証左である。

 では、なぜ日本人でありながら英語で話す場合に名ー姓の順で言ってしまうのであろうか。
 それは、英語を国語としている国で話すときに、その国での名前の言い方に順応して話すと抵抗が少なく、理解も得やすいということであろう。
 日本人が中国で自己紹介するときには、姓ー名の順で言うのが自然であり、たとえ英語で話す場合でも姓ー名順で言うことが一般的であろう。それは、中国人の姓名も姓ー名の順で呼ぶ習慣であり、その習慣に順応しているためであろう。

 人名が、順番を問わず、姓と名の組み合わせで確定するということ自体が、必ずしも世界の統一ルールではない。姓が無い国もあるし、姓の代わりに父親の名を使う国もあり、宗教名を挟むこともあり、母系の姓も使い姓がふたつある国もある、というように地球上の人名には多種多様な表現方式が存在する。要は、どんなルールであれ方式であれ、自分の名前はこれだ、と言えばそれが名前であり、その名前を使わなければ、その名前を名乗る人を特定して呼ぶことができない、というのが名前の本質であろう。
 そうであるならば、日本人で日本人の名前の言い方に自信と若干の誇りがあるのであれば、日本にいても外国にいても自分の名前は姓ー名の順で徹していくのが自然であり合理的であるのではないかと思う次第。

 元々、明治以前においては特権階層(武士、貴族など)を除けば姓を持っていなかった。江戸時代末期に漂流してアメリカ船に助けられアメリカで教育を受けた漁民であるジョン萬次郎の場合も、姓が無い故に姓で呼ばれることは無く、名の頭の「萬(Mung)」が名前でありニックネームである「John」を付けてジョン・マンと呼ばれた。自分は萬次郎であると表明すれば、それでその人名は決まるということである。(萬次郎は帰国後、士分に取り立てられ、その後幕府の直参旗本となり中濱の苗字が授けられた。)
 徳川家康は英語圏での英語の表記は、Tokugawa Ieyasuであり元々の姓ー名順を敢えて変えることはしない。
 中国人の毛沢東も英語表記は、Mao Zedongであり中国内と同じ姓ー名順でそのままである。中国人名はアメリカなど西欧圏でも英語圏以外の国でも姓ー名順で表記されるのが一般的となっている。簡単には中国文化を海外で妥協しない、という意思が現れているとも思える。
 もちろん、ブルース・リーやジャッキー・チェンのようにニックネーム+姓をスクリーン名にして広く受け入れられている場合も多い。

 明治以来、日本人が海外で広く活動を展開するに従って、日本人名を外国語に通訳したり翻訳したりする機会が増え、その都度、姓ー名順と名ー姓順どちらも使われてきた。
 明治時代に本格的な英文書物を発行した内村鑑三や新渡戸稲造が、その英語本の著者名で自身の姓名を名ー姓順で著しているが、このような権威ある著書で名ー姓順が採用されるとその影響力ははかりしれない。以降、英語訳を行なう際に、これらと同様の方式で翻訳しておけば問題ない、ということになり、これが積もり積もって英語では名ー姓順とすべきである、ということになってしまう。

 過去がどうであれ、また、現状がどうであれ、英語圏以外も広く含む全世界で日本人が活動するようになった現在、改めて名前の表記、表現方法を統一的に見直す時期にきているのではないかと思われる。

 2000年に文部科学省(当時は文部省)の国語審議会での答申「国際社会に対応する日本語の在り方」は、日本人の姓名については、ローマ字表記(アルファベット表記)においても、姓ー名の順とすることが望ましい、と述べている。
 現在、海外では姓ー名順と名ー姓順とが混在して使われており、このようなルール不在の日本人名の国際表記を統一し、日本国内で用いられている姓ー名順の自然表記を標準表記として採用することは、日本文化の西欧文化との違い、更には日本人そのものへの理解が深まる契機ともなるのではないだろうか。
 その意味で、2012年から日本サッカー協会が姓ー名順でのアルファベット表記を採用したことは、日本人サッカー選手の知名度向上に大きく貢献した英断であり先見の明があったと、私は思っている。今や、サムライ・ブルーとなでしこジャパンの選手は世界中で苗字(姓)で呼ばれている。

 ちなみに、私が英文メールを送る時の書名は、OZAKI Kazuo としている。