056_コーヒー
まず学べ?


 1988年に私が新しいビジネスを構築しようと必死になっていた頃、興味を引く言葉に出会った。

 それは、新たに取引を行なおうと思い、会社の上司・同僚と共にある綾瀬市にある自動車部品メーカーを訪れたときのことであった。最寄の海老名駅を降り、約束の時間に早すぎたため時間調整を兼ねて、駅前の喫茶店に入った。
 その喫茶店の入口にその言葉が目立つように貼ってあった。

 「まず学べ、知識は力なり。」

 私が商社マンとして積み重ねてきた経験からしても、この言葉は納得できるものであった。
 1980年代の半ばに米国に駐在して年商4000万ドル(当時急激に円高に進行した時期であり大雑把な円換算をすると、約50億円~70億円)を超える取引を行なっていたが、このビジネスを支える基盤は、緻密な商品と市場の分析による経済合理性の高いビジネスモデル(取引基本形態)であり、正に、喫茶店で見たこの言葉に符合するものであった。

 しかし、私がこの言葉に興味を引かれたのは、逆の意味であった。

 5年半の米国駐在から帰国し、全く新しいビジネスをスタートさせるための原動力となったのは、事前にできる限りの情報を収集してそれを分析し方向性を決めるという米国での経験とは、全く異なる日本の所属部門とその中で仕事をリードする上司の姿であった。
 まず、なんでも良いから可能性のあることであれば、まず動き、そして、人と会う、という仕事に取り組む姿勢がそこにあった。
 私が上司・同僚と共に海老名に来たのも、私の新たなプロジェクトに何かとっかかりになるかもしれないという上司の指示により同僚が会社内の人脈を利用してアポイントを取り、何も状況がはっきりしないままにやって来たというのが実情であった。
 緻密さもスマートさのかけらも感じられない野武士的な行動であった。この日の行動と同じような動きが、既に、帰国してから無我夢中でやってきた私の日常の行動様式となっていた。このようなある意味ではがむしゃらな積み重ねが、一方では少しずつビジネスの形となって現実化してきたのが、この頃の実感でもあった。

 この時の正直な私の気持ちとして、喫茶店の言葉に対して、

 「まず動け、無知は力なり。」

という言葉が浮かび、それを私の感想として上司と同僚に伝えた。

 蛇足ながら、その後このような粘り強い活動の蓄積の結果として年商200億円を超えるビジネスが誕生した。

 私は、約40年におよぶ商社での仕事においても、また仕事をはなれての社会活動においても、ふたつの相反するようにも見える言葉は、ともに真実であり事実であるということを実感している次第である。

 まず学べ! 知識は力なり
 そして、
 まず動け! 無知も力なり。

[参照文献]
「知識は力なり」 http://ehttp://ja.wikipedia.org/wiki/知識は力なり/