038_水田画
人間力


 新しい言葉をひとつ提案したい。「人間力(にんげんりょく)」。
 物理力(話を簡単にするために、仮にニュートン物理学ではとしておく)は方程式を使って原因と結果の関係を一義的に確定できる。
 しかしながら、ひとたび人間が多少でも関与すると、この物理力とは異なった結果が生じてしまう。人間が関与した場合の原因と結果のカオス的な関係を人間力と定義してみたい。

 [質問] 5m離れた地面に垂直に突き立てた木製の板(例えば、幅10cm X 厚さ1cm X 高さ2m)を倒すにはどうしたらよいか。

 [解答] 大型送風機を使い台風並みの風を発生させて風圧で倒す。猟銃で板の下部を打ち砕く。投げ縄で板を引っ掛けて引っぱり倒す。ボーリングの玉を転がして倒す、だめなら砲丸投げ、それでもだめならハンマー投げで片をつける。火炎放射機で焼き倒す。強力なレーザーガンで焼き貫く。

 [別解] 隕石が激突するのを待つ。落雷直撃を待つ。大地震で地割れが起こるのを待つ。竜巻が襲うのを待つ。シロアリの餌となるのを待つ。腐るのを待つ。救急車が誤ってぶつかるのを待つ。ゴリラが偶然にやってきて引っこ抜くのを待つ。

 ところで、板を地面に突き立てるのではなく、人が手で支えて立てていた場合にはどうすれば倒せるか?
 猟銃を使ったりハンマー投げは人を危険にさらすので使いにくい。また永い間自然現象やハプニングが起こるのを待つのはあまりにも辛い。
 その場合は、板を支えている人に叫べば良い、「その板を倒して!」と。

 何が言いたいのか。要は、人間力が働くと物理法則に則った予測が成り立たなくなる、ということである。
  美しい女性が片目を軽く瞬きしただけで、若い男性の血が煮えたぎる。上司が人差し指を指すのを見れば、部下は反応する。赤ん坊が笑顔を見せれば、母親の顔も崩れる。また、丁寧に依頼すればほとんどの人はその依頼に応えて動いてくれる。遠く離れていて電話で話した場合でも同様である。
 このような現象は、ウィンクした時の目の物理的な動きによって生じた空気圧が離れたところにいる男性の身体を振動させて血液の温度を上昇させるわけではない。言葉を話す時に口の動きで起きた空気振動が相手の皮膚にまで伝わって物理的な圧力を生じさせ何かの行動をさせているわけではない。
 顔の表情とか話し方や指の動きはその人の気持ちとか感情とか理性とかの精神活動の表現であり、それを相手が見たり聞いたりしてその精神状態を感受して自身の精神状態を変化させ身体の反応を引き起こしている。これは物理的な力の伝達ではなく、精神的な情報の伝達が相手に変化を起こさせている。コミュニケーションは人間力である。大声で怒鳴るより穏やかに話す方が相手に大きな影響を与える場合が多い。コミュニケーションが物理力ではない証左である。
 ちなみに気功も人間力である。気功により離れた人間を倒せても、静物を1mmたりとも動かすことはできない。

 人間社会は正に人間力によって動いている。敢えて言えば、人間社会で使われる物理力も人間力を介して働いている。これは当然である。なぜなら人間が関与した場合の因果関係を人間力と定義したのであるから。
 自然は元々人間力が働いていなかった。しかしヒトが徐々に知恵をつけ生活空間が広がるにつれ、自然も人間力の影響を受けるようになり、現在では地表の自然はほとんど全て人間力の影響が及んでいるとさえいえる。

(追記)今後今後、私のエッセイの中で幾つかのテーマについて思考する際に、今回提起した「人間力」という言葉を使わせてもらうことがあると思う。その意味で本エッセイはその準備でもある。