#070 日曜日の御書拝読

070_御書yy
日曜日の御書拝読


 私が毎週日曜日の朝に定例となっていることがある。1998年の4月から続けているので既に20年目に入ったところとなる。
 それは私の菩提寺である(国分寺市)大宣寺にて毎週日曜日の早朝に行われている勤行に参加することである。お寺では毎日朝夕に勤行が行われているのであるが、日曜日の朝の勤行の後には勤行の導師を勤められる御住職と共に御書の拝読ができることより、特に日曜日の早朝5時50分から始まる勤行に参加することにしている。

 五座の法華経方便品・寿量品の読経と唱題(題目=南妙法蓮華経を唱えること)の後、御書(日蓮大聖人御書)を数ページ拝読する。勤行と御書拝読が終わると7時を少し過ぎた頃となっている。
 御書は、日蓮大聖人の遺された論文、御消息文など491編の御書・御抄が編年順に収録されており全1885ページに及んでいる。8ポイント大の文字が1ページに最大900文字埋まっており、全て鎌倉時代の古文であり普段使わない仏教用語がふんだんに混じっている文章となっている。このため一字一句正確に毎回5ページ前後を拝読するペースで御書を通読するのに8~9年ほどかかっている。現在はようやく三読目に入ったところである。

 御住職のペースに合わせて読むだけで精一杯であり、内容や意味まで把握しながら拝読できる状態には程遠いが、それでもようやく、おぼろげながらのものが皮膚から染み込んでくるような感触を得ている状態ではある。

 ここ十年以上は妻と共に参加する場合が多い。
 かつて小学生の娘の生活態度に黄色信号が灯ったことがあったが、このときには、寝ぼけ眼の娘を強引に連れて1年ほどいっしょに参加したこともあった。おかげで娘も一人前に成長した。

 大宣寺の本堂の信徒席はイス席であり400名は十分に入れる。この20年の間には、台風のときや大雪のときは勤行に参加している信徒が私ひとりということも何回かあった。そのような時も御住職や在勤の御僧侶方は必ず何事もないかのように勤行を勤められておられた。
 私も海外出張が多い時期があったが、そのような時でも日本にいるときには必ずこの日曜日の勤行には参加してきた。今年に入り1ヶ月余り入院していたため、この時は残念ながら欠席せざるを得なかったが、その間、妻はひとりでも参加していたのはありがたい経験となった。

 どんなことでも続けることには意義があると思っている。日曜日の朝勤行の参加を通して、持続は力であり価値である、と思っている次第。

[参考文献]
「平成新編 日蓮大聖人御書」(大石寺版)