#035 マグネシウム革命

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マグネシウム革命


 最も軽い実用金属、それがマグネシウム(Mg)である。
 Mgは非常に豊富な資源であり、地殻の約2.5%を占め、海水中にも0.13%含まれる。単純計算をすれば、海水には1800兆トンものMgが含まれていることになる。もし日本で生産するとすれば海水からの採取が可能であるため、100%の国内調達が可能な唯一の金属でもある。

 Mgは他の金属にはない優れた性質をもっているが、特に、比重(単位体積当りの重量)は、鉄の1/4、チタンの1/3、アルミニウムの2/3に相当する極端に軽い金属といえる。このため、比強度(比重あたりの強度)が最大の金属であり比剛性(比重あたりの剛性)が際立って高い金属となっている。
 また、振動吸収性が実用金属の中で最大であり、温度や時間が変化したときの寸法変化が少なく、電磁波シールド性が有効であり、耐くぼみ性も高く、リサイクルが容易であり金属Mgの製造コストの5%程度のコストでリサイクルが可能、などの特質も合わせもっている。
 Mgはその特徴により軽量化のニーズが強い自動車部品やモバイル機器の筐体などへの需要が伸びてきてはいるが、金属全体からみると未だ用途が限られているといえる。
 しかしながら、最近になって日本で革命的とも言えるMgに関わる幾つかの技術開発がなされたことにより、近い将来Mgは産業の脇役から主役に転ずる可能性が高まってきた。

 まず、構造材料としてのMgの利用である。
 2009年に熊本大学で、高強度Mg合金が発見された。KUMADAIマグネシウム合金と名付けられたMg96Y2Z2の成分をもつMg合金(K-MgAと略称する)は、世界一の高強度(室温512Mpa/250℃-300Mpa)をもち、Mgの沸点(液体から気体に変わる温度/1091℃)を超える1117℃でも発火しない耐熱性をもっている。
 これはどのようなことを意味するかと言うと、従来より航空機の構造材料として使われてきた超々ジュラルミンより軽量化と耐久性が大幅に改善された金属材料が手に入ったということである。比強度が高い炭素繊維複合材料(CFRP)の航空機への採用が近年急増しているが、高い比強度と高い比剛性を併せ持つK-MgAが今後CFRPと共に航空機の主要構造材料として採用が進むと思われる。
 K-MgAは航空機のみならず、従来はエンジン周りの部品を主体に使われていたMg合金がK-MgAの登場によって自動車の構造材としての利用も拡大すると思われる。鉄道車両、ロケット、ロボットなどの構造材としての利用も2020年以降急速に拡大すると予想される。K-MgAの生産技術と加工技術の開発が同時並行して達成される事が前提であるが。
 更に、K-MgAが主役として貢献する分野が超高層ビルの構造骨材であろうとみている。強度と剛性が要求される超高層ビルでは特に軽量化と耐久性が重要であり、このニーズに全て応えられる材料として超高張力鋼に変わってK-MgA及びその改良Mg合金が浮上するであろうと判断している。この分野では溶接を含む周辺技術の開発と生産コスト低減が必要であり2030年以降がこの主役の舞台であろうと思う。

 つぎに、電池の陰極(マイナス極)材料としてのMgの利用である。
 現在モバイル機器やHV車や最新型の旅客機で使われ始めているのがリチウム(Li)イオン電池であるが、これは重量当りの電力密度が他の二次電池(充電と放電の両方ができる蓄電池)に比べて高く、そのため相対的に軽量化が図れることによる。
 金属を使った電池の能力は酸化還元反応によって決まることから、金属のイオン化傾向が強い金属を使った方が高能力の電池ができることになる。イオン化傾向の最も強いのがLiであり、これが現在Li電池に行き着いている背景となっている。
 しかしながらLiは水と激しく反応するため電解液に水溶液を使うことができないという欠点があり、一方電解液に水溶液が使える金属ではMgが最もイオン化傾向が強く強力な電池ができる可能性を秘めている。このように電池材料としてMgの有用性は昔から知られていたことであるが、最近まで実用化されることはなかった。
 これはMg電池は通常使われるアルカリ性の電解液に電流が流れるとMgが発熱し更に電気もイオンも通さない絶縁膜ができてしまいすぐに電流が止まってしまう、また、酸性の電解液を使えば自己放電を止めることができない、という致命的な欠点を誰も克服することができなかったことによる。
 2010年にこのブレイクスルーが起きた。TSCという企業が海水に近い成分をもつ水溶液が電解液として使えることを発見し、一挙にMg電池が現実のものとなった。この電池は一次電池(放電のみの電池)であり、陰極のMgが全て水溶液に溶けてしまえば電流は止まってしまうが、それまでは他の電池とは比較にならない程長時間にわたり電流を発生させ続けることができる。
 Li電池は陽極能力の制限(空気から酸素を取り入れる空気電池とすることが困難)もあり、発火を防ぐために重厚な密閉容器が不可欠であり、実際の電池ではMg電池はLi電池の5倍以上のエネルギー密度とすることが可能となっている(即ち電池重量は1/5以下)。また、Mg電池はLi電池と異なり発火や爆発の危険はなく安全性も極めて高い。
 TSCが発明したのはMg一次電池であるが、Mg二次電池についてもNEDOなどにより、Li硫黄電池や亜鉛空気電池などの革新型蓄電池と並行して開発が進められており2020年前後に実用化のめどがつくと予想される。
 特に、Mg二次電池は高性能かつ低コストが両立する革命的な蓄電池となり、自動車その他のLi二次電池が全てMg二次電池に変わる可能性を秘めている。

 以上のように、産業の基幹となりうる構造材と電池の両分野でマグネシウムが中心的な金属材料となることが現実味を帯びてきた。

 尚、日本においてMg(金属マグネシウム)の生産をどのように進めるか、に付いて付言したい。
 現在のMgの生産方法は大別すると、Mg含有鉱石から製造する熱還元法と海水から塩化Mgを処理して製造する電解法がある。今後日本で注力していくべきMg製造方法は、逆浸透膜法淡水化プラントを基軸として、従来は淡水化処理の副産物であった沈殿物と排除物から塩化マグネシウムを取り出し電解法その他の方法でMgを生産する方法であろう。この時、塩化ナトリウム(食塩)も生産されることになるが、Mg以外の金属なども同時に採取する淡水化+海水資源回収複合プラントとすることが日本的な方途であろうと思う。遠島地も生産基地化できる可能性を秘めている。

 実は、2011年に茨城大学・昭和KDEが開発したマグネシウムシリサイド(Mg2Si)の溶融合成法は、極めて低コストで有力な熱電合金が製造できる画期的な技術と思われる。さまざまな廃熱から効率よく低コストで直接発電できる道が開かれたことになり、日本の電源多角化に貢献すると思われるので、ここに追記したい。

[参照文献]
「2011/07/01 報告書&レポート マグネシウム(Mg)」JOGMEC
  http://mric.jogmec.go.jp/public/report/2012-05/8.Mg_20120619.pdf
「熊本大、不燃・耐熱性の2種マグネ合金が米FAAからお墨付き」
  日刊工業 2013年04月18日掲載
「次世代電池レースで脚光を浴び始めたマグネシウム電池」
  http://archive.wiredvision.co.jp/blog/yamaji/201003/201003261201.html
「海水淡水化プラントの造水コスト低減技術」
  http://www.toshiba.co.jp/tech/review/2012/05/67_05pdf/a06.pdf
「マグネシウム文明論」矢部孝・山路達也(PHP新書)
「製品安全データシート」http://www.ofic.co.jp/mg/MSDS_mgalloy.pdf
「マグネシウム鍛造部材技術開発プロジェクト(事後評価)」NEDO 2011年11月
他。